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横浜地方裁判所 昭和56年(ヨ)279号 決定 1982年5月24日

債権者

竹沢工業株式会社

右代表者

竹澤勇

外一〇名

右一一名訴訟代理人

大村武雄

佐藤克洋

債務者

柳沢電機株式会社

右代表者

柳沢義一

右訴訟代理人

若林秀雄

佐々木和郎

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一申請の趣旨

1  (主位的申請)

債務者は別紙第一物件目録(一)の土地上に同目録(二)の建物の建築計画をしてはならない。

2  (予備的申請)

債務者は別紙第二物件目録(一)ないし(二)の各土地に下水道管敷設工事をしてはならない。

二申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨。

第二当事者の主張<省略>

第三当裁判所の判断

(主位的申請について)

一本件疎明資料と債権者ら、債務者各審尋の結果によれば、債権者ら(債権者日本圧送を除く)がその主張のとおり土地建物を所有し、又は建物を賃借し、債権者らがその主張の土地建物において、それぞれ工場の操業をし、又はこれを車庫等として利用していることが疎明され、債務者が右土地建物に近接する本件土地上に本件共同住宅を建築しようとしていることは当事者間に争いがない。

二債権者らは、本件建築は違法であると主張するので、この点について判断する。

1 市指導基準違反の主張について

横浜市が制定した市指導基準中に、債権者ら主張の建築制限の規定のあることは当事者間に争いがないが、本件疎明資料と債権者ら、債務者各審尋の結果によれば、同基準の附則において、この基準は昭和五六年四月一日施行し、同日以後の国土法、都市計画法、建築基準法その他の法令に定める手続に係る建築計画から適用する(附則一、二項)としているとともに、昭和五五年四月一日から同基準施行日の前日である昭和五六年三月三一日までに建築主等が共同住宅の建築の用に供するために土地所有権その他の権限を取得したが、前記各法令に定める諸手続を行なつていない場合には、建築主等は建築予定地に近接する工場主、地域工業団体等と協議し、その協議結果を添えた共同住宅建築計画相談書を横浜市長に提出することにより、共同住宅を建築し得るものとしている(附則四項)ところ、本件建築はこの附則四項の定める場合に該当し、債務者は同項の定めるところに従つて所要の手続を行ない、横浜市長から本件共同住宅建築が同基準に適合している旨の回答を得ていることが疎閣されている。従つて、本件建築は同基準に抵触しないから、同基準違反をいう債権者らの主張は理由がない。

2 国土法違反の主張について

債権者ら主張のとおり債務老が即決和解により本件土地を買受けたこと、右売買契約につき国土法二三条一項の届出をしていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

債権者らは、即決和解は国土法施行令六条二号にいう民事訴訟法による和解に該当せず、又、債務者は右即決和解の実質的当事者でないから、右売買契約については国土法二三条一項の届出をすべきであると主張するが、即決和解を民事訴訟法による和解でないと解すべきいわれはなく、債務者が右即決和解の実質的当事者でないことの疎明もない。従つて、右売買契約につき国土法二三条一項の届出をしないことが違法であるとはいえないから、これが違法であることを前提として本件建築の違法をいう債権者ら主張は、この点で理由がない。

3 公序良俗違反の主張について

債権者ら主張の日、主張の金額をもつて大長崎から丸善建設へ、丸善建設から債務者へとそれぞれ本件土地が売り渡されたことは当事者間に争いがないが、この事実をもつて右各売買契約が暴利行為であつて公序良俗に反するということはできないから、これが公序良俗に反することを前提として本件建築の違法をいう債権者らの主張は、この点で理由がない。

4 権利濫用の主張について

債権者らは債権者らに多大な犠牲を強いる本件建築を強行するのは権利の濫用であると主張するが、本件土地周辺は工場と住居の混在を認める準工業地域であるから、同地域における公害規制基準は当然この混在を前提として設定されている。従つて、本件共同住宅が建築されたとしても、そのことによつて直ちに本件土地周辺の公害規制基準が厳格化され、債権者らの主張するような莫大な公害防止設備を必要とし或いは操業を規制されるようになるとは考えられない。たとえ、現在本件土地周辺の公害規制が準工業地域としてはゆるやかであり、それが本件建築によつて多少厳格になるとしても、準工業地域としての規制である限り、その程度の規制は同地域に工場等を設置した債権者らによつて当然これを予測し、これに応じた設備を施し、操業をなすべきものであるから、これによる費用の増大をもつて本件建築による損害ということはできない。

もつとも、債権者らの工場等から発生するニューサンスは、快適な住環境とは必ずしも相容れないものであるから、本件共同住宅の入居者に対して、事前に本件土地の立地条件や債権者らの発生するニューサンスについて債権者らの代表者立合いの下に十分説明し、そのことを売買契約条項に入れておいたとしても、入居者から債権者らに対する苦情が生ずることがないとはいえない。しかし、そうであるからといつて、債権者らが公害規制基準を遵守し、社会的に相当な方法で操業する限り、その苦情によつて過分の公害防止設備や操業規制を強制されることになるとは考えられない。

また、本件土地に接する道路は歩車道の区別がなく、急傾斜でかつ、狭隘であるから、本件共同住宅の入居に伴なつて歩行者が増加すると、同所を通行する債権者らの産業用自動車によつて交通事故の発生する危険が増大し、その結果、債権者らの自動車の運行に多少の制約が加わることは予想されるが、そのような負担、制約は本件土地所有権の行使に伴なつて必然的に生ずる反射的不利益というべきものであるのみならず、これによつて債権者らが主張するような損害が発生するとは考えられない。

そうすると、債権者らが主張する損害は、結局その疎明がないことに帰するから、右損害が生じることを前提として、本件建築を権利の濫用であるとする債権者らの主張も理由がない。

三以上のとおり、債務者のする本件建築は違法であるとはいえないから、これが違法を前提とする被保全権利の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

(予備的申請について)

一債権者神奈川トヨタ自動車、同神奈川アサノコンクリートがそれぞれの主張の本件私道を所有していること、債務者が本件共同住宅の生活余水を本件土地の西側にある国道一号線横水路に排泄するため、右私道において本件下水道管理設工事をしようとしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件疎明資料と債権者ら、債務者各審尋の結果によれば、本件土地の周辺には下水道管等の排水設備がないこと、本件土地の東側には債権者竹沢工業の工場用地が、西側には神奈川トヨタ自動車、同神奈川トヨタ整備の工場用地がそれぞれ全面的に接し、北側の土地は本件土地より約5.5メートル高くなつていること、これに対し、本件土地の南側から国道一号線横の水路に至る本件私道は本件土地よりも低地であつて、かつ、現に道路として使用していることが疎明され、本件共同住宅の生活余水を排泄するためには、本件土地から国道一号線横の水路に至るまで、本件私道に下水道管を埋設して通過させるのが低地のために最も損害の少ない方法と考えられるから、債務者は民法二二〇条に基づき本件私道に本件下水道管埋設工事をする権利を有するものというべきである。

三債権者神奈川トヨタ自動車、同神奈川アサノコンクリートは、余水排泄権の範囲は高地における社会的に相当な土地利用か又は不可抗力によつて発生した余水を緊急避難として低地に通水させる必要のある場合に限られるべきであると主張するが、本件土地の利用が社会的に相当でないとはいえないし、余水の範囲を不可抗力によつて発生したもの又は緊急避難として排水するものに限定すべきいわれもないから、同債権者らの右主張は理由がない。

また、同債権者らは、本件建築が権利の濫用であるから、本件下水道管埋設工事も権利の濫用であると主張するが、本件建築が権利の濫用にあたらないことは前記のとおりであるから、右主張も理由がない。

四そうすると、債務者は本件私道において適法に本件下水道管埋設工事をなし得るから、これが違法であることを前提とする同債権者らの被保全権利の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

(結論)

以上の次第で、債権者らの本件申請は、いずれも、被保全権利について疎明がなく、保証をもつてその疎明に代えるのも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を適用して主文のとおり決定する。

(後藤文彦 小林亘 佐賀義史)

別紙第一、第二、第三物件目録<省略>

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